毎年のように春になると、
今年は公立学校の夏休みが早く始まる
という噂がまことしやかに囁かれれる。
理由は、教育予算が不足して先生の給料が払えないから。
すでにアメリカの夏休みは、2か月以上あるのに、それ以上休みになったら、子供の学力は?親の負担は?とドキドキしていしまう。
というわけで、シカゴの公立学校にとって、公的資金はあまりあてにならないようだ。
それよりかは、それぞれの学校が自分たちの理想とする設備、サービスを実現するために資金集めをする。
資金集めの主役は親
出すのも、オーガナイズするのも。
では、どうやって資金を集めるのか?
日本人なら、ベルマークくらいしか思いつかない。
こちらにもありました、ベルマークならぬシリアルのバーコード。
しかーーーーーーーーーーし、こんなに地味?なはずがない。
どの学校のウェブサイトにも「寄付」の項目があり、その資金集めの仕方が趣向を凝らしている。
- 単純にお金を振り込んでもらうもの
- 地域のお店にモノやサービスを寄付してもらい、それをオークションにかけるもの
- 学校が購入したいものとその値段を掲示し、自分が協力したいものに、したいだけの金額を寄付するもの
- 資金集めを目的としたパーティを催すもの
さらにすごいなと思うのは、寄付を誘発するために、
ドナーたちを格付けすること
クラスごとに集めた金額を競わせ、1番多かったクラスはピザパーティーなどの商品をゲットできる仕組み
などもあり、さすがキャピタリズムの国と思わせる。
その集める額の総額は、何百、何千万という単位である。
そこで集めた資金は、学校裁量で自由に使ってよく、
- 学校菜園
- 外国語インストラクター
- IT機器
- 図書費
- 学校全体で使う教育アプリ費
などなど、その使い道も学校によって様々。
これに驚く私自身の中に、
公立学校はどこも同じであるべき
学校でお金扱うことへのタブー意識
という日本的考えから考え方が染みついていることに気づく。
裕福な地域は、親が寄付できるお金の額も時間もあるわけで、学校間の格差が広がってしまうだろうなとは思う。
では、公的資金のみで賄われれている日本の学校は公平かというと、塾に個人で行ける家庭とそうでない家庭があることを考えると、そうではない。
だったら、少なくとも、
地域、学校という単位に各家庭がお金や時間を投資
して、
「自分の子」から「自分たちの子」という視点で学校へ働き掛けていく
のは、いいことなのかもしれない。
それは、国全体の子供、ひいては、世界全体の子供の教育がよくなるに越したことはないけど、自分が影響を与えられる範囲には限りがあるわけで、それが、家庭から地域に広がるだけでもすごいこと。