世界の学校から

風来坊が綴る、世界の教育現場のあれこれ

フレンチスクールの漢字指導で驚いたこと

9月から在日のフレンチスクールで日本語を教えている。「国語」として教えるクラスと「外国語」として教えるクラスの両方がある。

私は、日本の公立学校、海外の補習校、海外のインターナショナルスクールで教えたことがあるのだけど、在日のインターナショナルスクールの子供たちはまた違った傾向があり、面白いなと思った。

 

 

ドリルをいとわずやること

これは、結構びっくりした。

漢字ドリルを配ると、「先生、やってもいいですか?」と黙々とやり始めるのだ! しまいには、「家に持って帰ってやってきてもいいですか?」と。

 

  ドリル類ってイヤイヤ、

  でも、ある程度の反復練習も必要だからやるもの

 

位に私は思っているし、海外で出会った子どもたちは多かれ少なかれそんなスタンスだった。そういえば、日本の小学校で教えていた時も子供たちドリルを嫌がらずにやっていたなと思いだした。これは、小さい頃からこういうのを淡々とやることに慣れているからだと思う。

 

語彙は豊富、でも…

 

  和語漢語と外来語がごちゃまぜなこと

 

「国語」として教えているクラスでは、どの学年でも新出漢字を教える時に「その漢字を使う言葉探し」をする。例えば、

 

「体」という漢字を習うときに、「からだ」「タイ」という読み方があることを確認して、それからこの漢字を使う言葉を探すのだ。

 

これが、海外の補習校では全く成り立たなかった。なぜなら、持っている語彙数が少なすぎて、その音の言葉が見つけられないからだ。

 

ただ、この学校ではさすがに在日というだけあって、日常的に日本語のシャワーを浴びているので、言葉がポンポン飛び出す。

 

  「体力」「人体」「体育」などなど。

 

中には、「たい焼き」のように、

 

  音が同じ違う漢字を使う言葉

 

を見つけてくる子もいる。ただ、これは、どこの学校でも同じことだし、こうやってどの漢字がどの言葉に使われるのか体得していけばいいと思っている。

 

ところが、この学校で特徴的なのは、「タイヤ」のように、

 

  外来語を出してくる子が少なからずいる

 

ことだ。それだけ、日常生活の中で、外来語と和合や漢語の区別がないんだと思う。おそらくこれは、日常的に両方の言語を話せる人に囲まれているがために、日仏両言語のちゃんぽんで話すことに慣れていることが原因だと思う。

  

指導にどう生かすか。

語彙が豊富なのはやはり言語を学ぶ上で断然有利なので、そのことを大事にしつつ、漢字指導を通して、表記の仕方や言葉のルーツを考える機会を増やしていけたらと思う。

 

ドリル好きも別に悪いことじゃない。ただ、問題は、やっても覚えていないこと!

おそらく、「塗り絵」状態になっていて、埋めることだけに集中してしまっているのだと思う。

 

  考えながら反復練習をするしかけ

 

を授業の中で作ろうと試行錯誤している。