世界の学校から

風来坊が綴る、世界の教育現場のあれこれ

ブックレビュー 分ければ見つかる知っている漢字

12月にレポートした「漢字がたのしくなる本ワークシリーズ」の作成の中心だった宮下久夫さんの遺稿集。
ワークのレポートしながら、製作者の意図や漢字全体の捉え方はだいぶ分かったものの、腑に落ちないこともあった。
今回、この本を読んで、


がよりはっきりわかったので、紹介したい。

製作者たちのバックグラウンド

「漢字がたのしくなる本」シリーズは4人の編集メンバーが月に一度一泊二日の研究会を開き、10余年かけて作られたものだという。
中心だった宮下さんは教師なので、子供たちの素朴な疑問や間違いから漢字指導法を考え、作っては現場で子供たちに試し…という繰り返しの中で生まれたものなのだ。
シリーズのワークは、いわばメンバーたちの最終的な「答え」なのだけど、そこに至るまでに通った宮下さんの迷いや指導の誤りがこの本には書かれている。

こうした子供たちの取り組みやことばは私を勇気づけた。この方法なら嫌がる漢字ドリルの練習から抜け出せるかもしれないと思った。と同時に、なぜ子供たちが積極的に取り組んだのか、そのわけを考えてみた。(p163:形成文字の仕組みを教えようと試みたときのくだり)

にあるように、目の前の子供たちから出発してこのシリーズは生まれたのである。通りで、深みがあるわけだ。

どうしてこのシリーズに惹かれるか

理由は二つ。
一つは上述した通り、子供から出発して子供にもまれて作り上げられたものだから。
もう一つは、漢字学に軸足を置いているから。

目の前の子供に寄りすぎて、楽しければいいみたいな教材はたくさんある。逆に、漢字学に寄りすぎてこどもにそっぽを向かれる失敗もよく聞かれる。
でも、

  複雑な漢字な世界の微細に入り込みすぎないぎりぎりのラインで、
  子供たちが漢字を楽しく、
  だけど、系統だって漢字の奥深さに触れられるような形
 

で教材を差し出している。
これは本当にすごいこと。

制作者の漢字指導、学習の捉えかた

私たちの漢字学習の方法のねらいは、たんにたくさんの漢字を覚えこませるためのものではない。むしろ、なるたけ少ない感じで、その少ない単体の漢字「文」がもとになって組み立てられているたくさんの漢字の、そのつながりや構造のおもしろさ、みごとさに気づいてもらいたくて作ったものである。(p47)

として、それを実現するために6つのキーポイントを差し出している。

① 「字」をつくる頻度数の多い「文(形・音・義を固有する象形文字)」を厳選したもの「101基本漢字」を把握
② すべての漢字の元になる十の画をとらえる。
③ 漢字は組み合わせる時に形が変わる
④ 常用漢字の大部分を「意味」でつなぐ重要な役割を担う98の漢字の部首を把握。
⑤ 中国語の音を受け継いだ漢字音になじむ。
⑥ 形が表す音でつながっている形声文字の音記号をつかむ。

どうこの教材を使えばいいのか

ここからは、ファシリテータを務めるマルチリンガル漢字指導法研究会でみんなと一緒に考えていきたいところ。
漢字がたのしくなる本ワークシリーズは以下の構成になっている。

① 基本漢字あそび
② あわせ漢字あそび
③ 部首あそび
④ 漢字の音あそび
⑤ 形声文字あそび
⑥ 漢字の単語あそび

ので、①~③までは、ある程度、これに沿った形で進めてもいいかなと思う。
④は小4レベルくらいまで漢字をマスターした子にはぜひトライしたい教材。
⑤は漢字が好きな子にはいいかなくらい。
⑥は漢字そのものがどうこうを超えて、「漢字を使う」ための術のヒント満載なので、是非とも必要。

お勧めの人

漢字がたのしくなる本ワークシリーズを教材に使おうと思っている方
はぜひとも読んだ方がいい。ワークはもちろん、そのままでも使えるし、これを使えば単発の楽しい授業はできると思う。
でも、楽しいだけで終わらせないで、系統的な漢字指導を考えている指導者だったら、読んだ方がいい。
ただ、このワークを漢字ドリルみたいに使っちゃうと元も子もないように思う。
自分自身が、漢字ってそうだったんだと!漢字の原理原則発見を楽しむところから始めてほしい。

最後に…宮下さんは、生前の泊まり込みの研究会でよく次のようなことを言っていたそうだ。

今後、誰が漢字の指導・学習システムを組むとしても、僕らの仕事がその検討の礎石となるにちがいない

そう思う。
お亡くなりになられてもうすぐ20年近くにたとうとしているのだけど、

  そのバトン、受け取りました!

という気持ちでいる。
きっと、学年配当漢字に沿っていないということが、この教材が学校現場で知られていない理由の一つだと思う。
けど、私が今、向かい合っている海外で学ぶ子供たちにはかえってこれが好都合。

先人の努力に感謝、尊敬の念を抱くとともに、これを可能にする文字、そして、本という存在のすばらしさに感動すら覚える私だった。