世界の学校から

風来坊が綴る、世界の教育現場のあれこれ

継承語とはなんぞや②~親にとって

ほっとけば子供には引き継がれない言語「継承語」の伝授は親にとっても悩ましいものだ。

  いつもどこか引け目を感じる

 

何らかの理由で、教えない、教えられない場合…

  親は、ものすごく引け目を感じる。

で、教えたら教えたで…やっぱり

  引け目を感じる

という、悩ましい言語なのだ。

 

なんでか。

まずは、教えなかった場合。

edu-kachan.hatenablog.com

で説明した通り、「人にその言語の母語話者と思われる言語」なので、

  どこかの場面で子供は「恥ずかしい思い」をするか、

外国語を学ぶ年齢に達した時にその大変さに気づき、

 「子供の時にやっていればもっと簡単だったのに!」

と思うからだ。

 

よく聞く親子のやり取り

「どうして、やらせてくれなかったの?」

「やらせようとしたけど、あなたがやりたがらなかったじゃない!私はあなたの意思を尊重したのよ。」

「やりたがらないって、そんなの子供なんだから当たり前でしょ。子供の時に、もう一つの言語を学ぶ価値なんて、わかるはずがないでしょ。」

 

次に、教えた場合。

教える度に絶え間ない子供との葛藤。

「どうして、私だけ、二倍勉強しないといけないの?」

「頑張っても頑張ってもいつも落ちこぼれ」

「補習校のせいで、誕生日会にいけない!」

「補習校のせいで、集団スポーツができない」

(集団スポーツを選んだら、補習校が中途半端になるというジレンマ)

 

教える時間を確保するために配偶者や義理の両親との摩擦。

「週末ゆっくりする時間がない」

「休み中にも勉強させてかわいそう」

「子供はもっと伸び伸びと育てたほうがいい」

 

そして何よりも自分自身との葛藤。

「ここまでやっても、補習校では落ちこぼれ」

「もっとほかのことに時間を割いた方がいいんじゃないか?」

「子供が日本語を嫌いになってしまった。私のやり方は間違っていた?」

「子供のために家では日本語で通してきたり、日本人の友人と多く付き合うようにしてきた結果、自分の現地語能力が伸びず、時々落ち込む」

「子供の継承語教育に時間がとられる分、自分のキャリアがおろそかに」

 

本当に厄介な言語だ(笑)

正解なんてない。だから、

  自分でゴールを決めて、周りの意見に柳のようになびきながらも、

  決して柱の部分は動かさず

  やるしかない

 

20年以上、いろんな人に助けられながら、ライフワークとして継承語教育について考えてきたから、今度はお手伝いする側に回りたいと考える今日この頃。