アメリカ人のママ友に勧められて、2016年に芥川賞とった作品を日英両言語で読んでみた。
簡単なあらすじを説明すると、
社会で「普通」とされていることができず、ずっと疎外感を感じてた主人公が大学時代にコンビニのバイトを始めて自分の居場所を見つける。「マニュアル人間」なんて批判的にいうけれども、「マニュアル」に助けられ、居心地の良さを感じる人もいる。でも、「コンビニの仕事」を日本社会は大の大人の仕事と認めてくれない…。結婚かちゃんとした仕事か…という周りのプレッシャーに30後半の主人公の平和な生活が乱れていく。
私が個人的に面白いなと思ったのは、
表紙の違い
米 →可愛らしい
日本→無機質で冷たい感じ。
私はアメリカの表紙の方がこの本に合ってるように感じた。「共感する力」が著しく弱い主人公は、確かにそばにいたら、機械のように無機質な感じがするかもしれないが、不器用ででも一生懸命社会に適応しようとしてる姿は涙ぐましく、いとおしい思うからだ。
もう一つ思ったのは、
両国のコンビニ文化の違いの理解なしに、この話がわかるのかなということ。
私の感じるそれぞれのコンビニのイメージは…
米 →暗い、店員は不愛想、食べ物はまずい、高い
→できるだけ行きたくない場所。
日本→明るい、きれい、安心、安い、新商品などが定期的に出ておしゃれ。
→用がなくても立ち寄ってみたい場所。
日本のコンビニが、どのコンビニでもほぼ均一にこのようなイメージをお客さんに抱かせることができるのは、間違いなく「マニュアル」のおかげなわけで、決して悪いことではないと思う。
でも、アメリカのコンビニをイメージしながら、この本を読んでも、その良さが全く理解できないだろうなと思うのだ。そして、それに救われる主人公の意味が。
ちなみに、私にこの本を勧めてくれたアメリカ人の友達の感想は、
気持ち悪い
だった。(はっきりは言わなかったけど)何がかというと…
コンビニ店が、毎日挨拶の練習をしていること
主人公のボーイフレンドのねじれた論理
主婦がいまだに、女が家事や育児をするものが当然とされている日本
だそうだ。
私は、最後、「やっぱり私はコンビニが好き、そこが私の居場所」と考え直す主人公に、エールを送りたくなった。
日本に旅行に行った外国人が口をそろえていうのが、
日本のコンビニのすばらしさ
毎日行くのが楽しみだったというくらいなので、主人公みたいな人、もっといてくれてもいいのにな。
主人公の友達やその夫たちの変なプレッシャーの与え方に、私が日本にいるときに感じる違和感を思い出し、だから、風来坊になっちゃったんだなぁとつくづく思った。